"大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。"

小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」

この点、つい忘れそうになりますな。

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「あなたのために良かれと思って」は人を窒息させる。
 そう。「良かれと思ってやったことなのに」と叫ぶのは、それが決して本当には「あなたのため」でないからなのだ。
 それは「私を理解せよ。私のしたことを疑うな。否定するな。私を傷つけるな」というメッセージであり、たとえ本当に「あなたのため」を思ってしたことであったとしても、「これはあなたのためなのだ!」と叫んだ途端に単なる自己保身のためのエクスキューズと化してしまう。
 しかし、もとがどんな善意から出たものであろうと、結果が悪ければそれは悪い。当たり前のことではないか。そもそも、善意というもの自体がごく主観的なものであり、従ってこの世界には絶対的に正しい“善意”など存在しない。あらゆる善意は主観的なものであり、その善意の持ち主の価値観にのみよるものだ。だから、本来誰かの誰かに対する善意を絶対視することなどあるべきではないし、あなたの善意を私に押しつけ絶対視せよと迫るのは大きな間違いなのだ。
 そう。それは決して「“あなた”のため」ではない。それは「“私”のため」である。
 “私”の不安を払拭するため。“私”を満足させるため。“私”のプライドを満たすため。“私”の理想を求めるため。“あなた”を“私”の思い通りにするため。

 親しければ親しいほど、愛していればいるほど、「良かれと思って」は増幅する。当然のことだ。相手のことを思えばこそ、取り越し苦労もするし心配もし、気を遣い心を遣う。「良かれと思って」と思うこと自体が悪いことなのではない。「良かれと思ってしたことだから」と、結果的に間違っていた行為を正当化して疑わないことが問題なのだ。「良かれと思ってしたこと」は全て善である、と相手に思うことを強要するのが問題なのだ。
 「良かれ」と思うこと自体は美しく尊いことだ。けれど、「良かれ」と思ったことが本当に全て「良い」わけではない。そして私たちは自分のしたことや考えていることが間違っているかもしれない、ことを知るべきだ。
 私たちは人間である。「良い」と思うのは人間の思いである。そして人間は時に(いや、わりと頻繁に)間違える存在である。だから私たちは間違ったことから学んでいかなければならないし、そのためには自らの間違いをきちんと認め、間違えたという事実を受け止めなければならないだろう。

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「良かれと思って」の罪深さ (via kiri2)

(via clione)

"「サーバが死んだ(運用屋さん)」「サーバが落ちた(プログラマさん)」 「サーバが飛んだ(ハード屋さん)」「サーバ壊れた(機器管理の事務員さん)」「サーバ動かない(ユーザさん)」と言う法則を目の当たりにしておりまする。様々"

Twitter / @いちま (via dnpp)

(via otsune)

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だって、韓国の李明博大統領は、元々は、理知的で、過去よりは将来を見つめる大統領だと思っていた。李大統領は2008年の就任前から、「(日本に過去をめぐる)謝罪や反省は求めない」と言明。08年4月の訪日の際に、天皇、皇后両陛下と会見し、韓国訪問を直接招請した。

 多分、この頃は、未来志向だったし、それだけ自信もあったのだろう。近い将来、韓国は経済的にも、文化的にも日本を追い越す。今度は、日本が韓国をうらやむ番だ。そんな自信があったのだろう。そんな時、日本の過去をいつまでも言ってられない。そんな時間はない。そういう明るい前向きの闘志がみなぎっていたのだろう。

 ところが、うまくいかない。さらに、実兄は逮捕されるし、大統領の基盤はガタガタだ。もう、「死に体」だ。そこで一発、博打を打った。「愛国パフォーマンス」だ。竹島に上陸し、さらに、天皇陛下への謝罪要求だ。テレビや新聞によると、韓国国内でも「捨て身のパフォーマンスだ」「愛国心に訴えかけた賭けだ」と冷静に見てる人もいる。そう発言する自由もある。しかし、このパフォーマンスで、支持率が一挙に上がったという。この事実の方が恐ろしい。愛国心は、「ならず者の最後の避難場所」ではなく、今や、「死に体」大統領の最後の避難場所になってしまった。又、他の国でも、民衆の不満を外に逸らす手段として、「愛国心」は使われている。

 でも、本当に国を愛しているのか。違うだろう。「国を愛する」と言いながら、本当は、自分の地位、あるいは自分の家族、仲間を守ろうとしているだけではないのか。自分を愛し、自分がかわいいだけではないのか。

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「愛国心」は理性を狂わせる ‐ 鈴木邦男(マガジン9) - BLOGOS(ブロゴス) (via clione)

(via clione)

"中央大学の大杉謙一教授は「課徴金制度が当局にとって便利すぎ、また、その認定によって事実上の不利益を受ける関係者に十分な弁明の機会が与えられていないため、人権侵害が引き起こされている可能性がある」と警鐘を鳴らす。"

〔特集:増資インサイダー〕証券界揺さぶった監視委の本気度、関与認定に反論できず戸惑う声も | マネーニュース | 最新経済ニュース | Reuters

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感情は間違っていてもいいんですよ,感情なんだから。「自分の感情が正しいと認めてほしい」と思うからわけがわからなくなる。
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Twitter / @ynabe39 (via igi)

(via f1at)

"嫁という字は家の女と書く事から女性蔑視であるという向きもございますが、田の力と書かれ、字面からはただの労働力以上の意味を持たない男のことも、たまには思い出してあげてください。"

Twitter / keiji_ariyama: 嫁という字は家の�� (via raitu)

(via clione)

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毎月の給料さえあればいいと思っていると、給料をもらえないようになる。
食べられさえすればいいと思っていると、食べられなくなる。
住むところさえあればと思っていたら、住むところがなくなる。
家族や仲間さえいればと思っていたら、みんないなくなってしまう。
健康でさえあればと思っていたら、癌になったりするのだ。
定年まで勤められればと思っていると、リストラされたり、会社が倒産する。


間違いなく、こういったことがこの世の理(ことわり)のようだ。
生命というものは、成長しなければ減退し、現状維持ということは無いらしい。

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嫌な職場には留まり、楽しい職場は去る : ITスペシャリストが語る芸術

2011-05-15

(via plasticdreams)

(via f1at)

"門を開ける鍵を持っている人は、門番の格好をしているとは限らない"

遅咲きの狂い咲き: 僕が学んだ起業の方法の全て

"自ら善意に突き動かされようとするときこそ、向かう先の正しさをいつも以上に慎重に顧みなければならない。"

「善意」を原動力にするのはいいが根拠にする人間は信頼できない|Weep for me - ボクノタメニ泣イテクレ > 雑記